2001-06-06 第151回国会 衆議院 国土交通委員会 第19号
早稲田通りなんていったって砂利道。その当時は、昭和二十九年なんていったら日本にはダットサンぐらいしかありゃしない。動くか動かないかわからないような、何回エンジンをかけてもバッテリーが上がっちゃって、子供のころに、押してくれないかなんて言われたことがあって、押して三十円をもらったことがあるけれども。暫定税率といって四十八・六円にしちゃった。本来は二十四円なんですよ。
早稲田通りなんていったって砂利道。その当時は、昭和二十九年なんていったら日本にはダットサンぐらいしかありゃしない。動くか動かないかわからないような、何回エンジンをかけてもバッテリーが上がっちゃって、子供のころに、押してくれないかなんて言われたことがあって、押して三十円をもらったことがあるけれども。暫定税率といって四十八・六円にしちゃった。本来は二十四円なんですよ。
例えば、山手通りの早稲田通りから新目白通りの間、昭和七十年には一日五万四千台、それが七十五年には四万一千台に減るということになっている。毎年自動車台数は三%から四%ふえているわけですね。何でこんなに減るのかどうしてもわからない。それで説明会で質問したそうです、板橋五小の説明会で。